なぜ高齢者は免許を返納させられないのか?

暮らしの矛盾・不思議

ニュースで「高齢者ドライバーによる事故」が報じられるたび、なんとも言えない気持ちになる。
「またか…」「なぜ返納させないの?」
そんな疑問を持ったこと、きっと誰にでもあると思う。

実際、日本では毎年2000人以上が交通事故で亡くなっている。
そのうち半分以上が高齢者による事故だ。
特に85歳以上の運転者による死亡事故率は、他世代の約3.4倍にもなるという。
それでも、免許返納は“任意”で、強制することはできない。
この現実、ちょっと不思議じゃないだろうか。

返納できない理由は、いくつかある。
まずひとつは「自由」の問題。
年齢だけで免許を取り上げるのは、やっぱり抵抗がある。
車はただの乗り物じゃなくて、生活の足だからだ。

特に地方では、バスも電車も少なくて、車がないと病院にも行けない。
「危ないから返して」と言われても、じゃあどうやって暮らすの?って話になる。
実際、免許を返納した高齢者が「買い物に行けなくなった」「通院が困難になった」と話すケースもある。
家族が近くにいればまだいいけれど、独居の高齢者にとっては、車が唯一の移動手段ということも少なくない。

それに、返納を強制するには、法律や制度を変える必要がある。
今は、75歳以上になると認知機能検査が義務づけられていて、記憶力や判断力を測るテストを受けることになる。
ただし、そこで「問題あり」と判定されても、すぐに免許が取り上げられるわけではない。
医師の診断や追加の検査を経て、最終的には本人の意思が大きく関わってくる。
「まだ運転できる」「事故を起こしたことがない」という自信が、返納を遠ざけてしまう。

そしてもうひとつ。
高齢者は選挙でも大きな力を持っている。
「免許を取り上げる」なんて政策は、なかなか通りにくいのが現実だ。
政治的な配慮も、この不思議を支えているのかもしれない。

もちろん、すべての高齢者が危険というわけではない。
中には若い世代よりも慎重で、安全運転を心がけている人もたくさんいる。
だからこそ、「年齢だけで一律に返納させるのはおかしい」という声にも一理ある。
でも一方で、事故のリスクが年齢とともに高まるのも事実。
そのバランスをどう取るかは、これからの大きな課題だ。

高齢者の免許返納問題は、ただの交通安全の話じゃない。
それは、自由と安全、生活と命の間で揺れる“暮らしの不思議”なのかもしれない。
誰かを守るために、誰かの自由をどう扱うか。
その問いは、これからもっと深く考えていく必要があるのかもしれない。

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