夏の夜。ふと漂うあの香り──蚊取り線香。
くるくると巻かれた渦巻きの形には、どこか風情がある。
だが、あの姿は最初から存在していたわけではない。
実は蚊取り線香、もともとはまっすぐな棒状だったのだ。
その事実を知ったとき、少し意外に感じた。
最初の蚊取り線香は棒だった
蚊取り線香を生み出したのは、明治時代の実業家・上山英一郎。
彼が最初に製造・販売した蚊取り線香は、いまのような渦巻きではなく、まっすぐなスティック状だった。
だがこの形では、どうしても燃焼時間が短すぎるという問題があった。
ほんの数十分で燃え尽きてしまい、一晩中蚊を防ぐには向いていなかった。
渦巻きの着想は、妻のひと言から
この問題のヒントとなったのは、意外にも家庭内の会話だった。
「もっと長く使える形って、ないのかしら?」
上山氏の妻が何気なく口にしたこの一言が、発想を導く。
「長い線香を渦巻きにすれば、場所を取らず長時間燃えるのではないか」と思いついたのだ。
試作を重ね、やがて渦巻き型の蚊取り線香が誕生した。
渦巻きに込められた機能美
渦巻きにすることで、燃焼時間は7時間以上と飛躍的に延びた。
それはまさに、一晩を通して蚊を避けるのに適した形。
さらに渦巻きにはこんな利点もある。
- 煙が均等に広がりやすい
- 収納・持ち運びに便利
- 破損しにくく、製造・流通にも向いている
単に奇抜な形ではなく、実用性と美しさを兼ね備えた形だった。
実は「線香=時間を測る道具」でもあった
ところで、線香と時間には、古くから深い関係がある。
中国では古代から、香を“時計代わり”に使う文化があった。
いわゆる「香時計(こうどけい)」である。
これは、一定の速度で燃える線香を使い、
・香の長さや形で時間を測る
・香に金属玉を仕込んで、焼け落ちたときに音で時刻を知らせる
といった工夫が施されていた。
香りの中で静かに時を刻む。そんな繊細な文化が、かつて存在していたのだ。
蚊取り線香もまた、「燃え尽きるまでの時間」がほぼ一定なため、
知らず知らずのうちに“時間の目安”として人々に使われていたと言えるかもしれない。
まとめ
蚊取り線香は、はじめから渦巻きだったわけではない。
もともとは棒状だった
燃焼時間の短さを改善するため、渦巻き型へ
着想のきっかけは、発明者の妻のひと言
線香はもともと“時間を測る道具”でもあった
あの渦巻きには、見た目以上に多くの意味と工夫が込められている。
何気ない暮らしの道具にも、静かに脈打つ物語があるのだ。