「神様を信じますか?」と聞かれたとき、いつも少しだけ戸惑う。
私の答えは、たぶん人によっては奇妙に聞こえるだろう。
信じていない。でも、アインシュタインは信じている。
神社で手を合わせることもある。けれど、それは祈りではない。
むしろ、自分に問いかけるような行為だ。
この先、どうする? 自分は何を大切にする?
その場が、そういうことを考える“静かな時間”として存在しているだけだ。
私にとっての「神」とは、自然の法則であり、
それを見つけようとした人間の知性への畏敬である。
アインシュタインのように、「世界は理解できる」と信じて進んだ人たち。
その姿勢に、私は深く惹かれる。
運に頼らない。偶然を言い訳にしない。
見えない何かではなく、見えるまで考える。
そういう“信じ方”があってもいいと思っている。
たしかに、うまくいかない日もある。
努力しても報われないことだってある。
でも、「それでも何か意味があるはずだ」と考え続けること。
それが、前に進む力になる。
私は信じない。けれど、諦めない。
それはアインシュタインが教えてくれた。
「私は特別な才能はない。ただ、情熱的に問い続けるだけだ」と彼は言った。
問い続けること。考え続けること。
それをやめなければ、人は必ず前に進める。
たとえ答えが出なくても、“考える自分”だけは確かに前に進んでいる。
神様に願いをかけるのではなく、今日の自分に問いかける。
ちゃんと考えてるか? 本気で向き合っているか?
その繰り返しが、人生を少しずつ動かしていく。
だから私は、アインシュタインを信じている。
彼が見ようとした世界の構造と、
その探究の姿勢と、
「わからない」を恐れなかった心を。
それはきっと、どんな宗教よりも私を支えてくれる。
なぜならそれは、“自分で考える人生”を選んだ者の祈りに近いからだ。

